Life + Chemistry

化学の講義録+大学を楽しく面白い学びの場に変える試みの記録 (北里大学・一般教育部・野島 高彦)

『すごい分子 世界は六角形でできている』(佐藤健太郎):有機化学の世界を面白い視点から見渡す一冊

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有機化学のマークと言っても言いすぎではないベンゼン環は,私たちの体内にも,私たちの暮らす環境にも,あちらこちらに組み込まれています.

たとえば,タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうち,L-フェニルアラニン,L-チロシン,L-トリプトファンの3種類はベンゼン環を含んでいます.

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また,ポリエステル繊維やペットボトルの材料となっているポリエチレンテレフタラート (PET)や,発泡スチロール梱包材やカップラーメンの容器に用いられているポリスチレン (PS) にもベンゼン環が含まれています.

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さらに,頭痛薬アスピリンや,脳内伝達物質ドーパミンにもベンゼン環が含まれています.

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このように,あちらこちらに登場するベンゼン環をテーマにした一冊が,佐藤健太郎さん @KentaroSato の『すごい分子 世界は六角形でできている』です.

化学がわからなくても楽しめる・化学がわかっても楽しめる

『すごい分子 世界は六角形でできている』の特徴は,高校レベルの化学がわからなくても楽しめるし,化学系の大学や大学院で学んだことがあっても楽しめる構成になっているところです.

1章と2章では,ベンゼン環を含む化合物を理解するために必要な高校レベルの化学の説明から始まり,ベンゼン環の性質について有機化学の歴史と共に振り返っています.この部分は化学結合の簡潔な復習にもなっています.ついでに共役系や芳香性にも触れられています.

3章は「六角形はどこまでつながるのか」がテーマになっています.

ベンゼン環を2個,3個,4個とつなげていった構造の化合物とか,それがリングになった化合物とか,らせん状になった化合物とかイロイロ.

有機化学の教科書だったらこういう章をココに設けないでしょう.この本のユニークな点の一つです.

4章から6章にかけては,六角形ではないベンゼン環の仲間や,炭素以外の元素を環内に含む化合物の世界が紹介されています.

7章ではベンゼン環を含む化合物の有機合成化学が,8章と9章ではベンゼン環を構成要素とする炭素材料の化学が,10章では色素,11章では有機エレクトロニクスの世界が紹介されています.

書籍後半では過去10年程度の間に関連分野でおこなわれた研究が多数紹介されています.

こうした内容の一冊なので,著者の佐藤健太郎さん以外に,この書籍に記されている内容をすべて理解しているとか,知っているとか,そういう人がいたとしたら,相当の勉強家か,相当のベンゼン環マニアでしょう.

印象的なフレーズ:「神様の作り忘れた分子」

書籍の中に「神様の作り忘れた分子」という表現が出てきます(p8まえがき,p80).

たとえばフェロセンがその一例として挙げられています.

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フェロセンは炭素原子5個のリング2枚に鉄原子が挟み込まれた構造をもつ,偶然合成された化合物です.

非常に安定な化合物ですが,自然界からは見つかっていません.

フェロセンそのものがそのまま何かの役に立つ場面は限られていますが,フェロセンの発見がきっかけとなって,炭素の化合物と金属原子が組み合わさった「有機金属化合物の研究」が進展しています.

有機化合物の世界を別視点から眺める

有機化学がカバーする範囲はとても広く,この世界を把握するためにはどこから攻めて行けば良いものか迷うところです.

高校化学では構造に基づいた分類と名称を覚えて,式の描き方を覚えて,アルカンの理解に進んで,という調子で進んで行き,化合物命名法のあたりでつまらなくなって挫折してしまいがちです.

『すごい分子 世界は六角形でできている』ではベンゼンという分子からスタートして有機化合物の世界への理解を深めて行く構成になっており,最後の231ページ目に到達したときには最新の材料開発分野までの世界を知ることができます.

過去に高校化学で挫折した人々にもおすすめしたい一冊です.

もちろん,有機化学や周辺領域のものごとが関わる研究や技術の仕事をされている方にも,これまでに理解してきた姿とは異なる有機化学の姿を楽しめる一冊となっています.

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