2068年,私は100才になっていて,それなりに調子よくやっているのですが,さすがにムリはできない身体になっているし,来年生きているかどうかも怪しいという状況です.
そんなある日,どういう仕組みかわからないのですが,過去の一日をもういちど体験する機会,というプレゼントを受け取りました.
どの時代に行こうかと思って,どうしたわけか2014年の夏を思い浮かべたその瞬間,目が覚めました.
目が覚めて訪れた半世紀以上前の世界
目が覚めた私は,懐かしいような,愛しいような,夢のような.そんな感覚に包まれていました.
それで私は,「夢から覚めた」とは考えずに,「100才の私に,半世紀以上昔の時間がプレゼントされている」と考えてみることにしました.
そうすると・・・・
私はドキドキしてきました.だって,半世紀以上も昔,2014年の体験ができるのです! 夢のような話です!
やった! 2014年の世界だ! 目覚まし時計も,照明器具も,カーテンも,書架に並ぶ本の背表紙も,確かに2014年のものだ! ベッドに横たわっている身体の感覚も,2014年のものだ! 半世紀以上前の,まだ自分が十分に若くて,ドタバタしていて,イロイロなことに挑戦していて,痛い目にも遭ったけど,毎日毎日,ジェットコースターみたいな加速度を感じていた,あの2014年だ!
私はベッドから飛び出して,急いで階段を駆け降りて行きました.
手すりの感覚も,窓から差し込む光も,確かに2014年頃の感覚です.
私は100才ではない!
その年齢の,まだ半分にも満たない地点にいるんだ!
今日は特別な1日なんだ!
娘とイヌ
リビングには二人の娘がいました.
2014年の夏,たぶん,長女は20才で,次女は15才だったはず.
私はこの2人がここから成長して行くのをずっと見守ることになるんですが,ええと,これから二人はどうなるんだっけ? 思い出せないな,いや,そんなことをここで思い出さなくてもいいや.そんなのはこの夢から覚めれば,100才の私が知っているわけだからね.
慌てて降りてきた私を,二人の娘は何事だろうっていう顔で見ています.
懐かしいよ! 本当は私は100才になっていて,そこから2014年に来ていて,感動していて,これは夢かもしれなくて,
なんていうことを説明したって,わかってもらえないでしょうね.
あーまた何かヘンなこと言ってる,くらいでしょうね.
イヌ!
イヌがキャンキャン吠えている!
そう,パピヨンを2匹飼っていたんだ!
何かあるとこんな風にキャンキャンうるさかった,覚えている覚えている!
よし,今日は久しぶりに,相手をしてやろう,半世紀ぶりだ!
私はイヌを一匹ずつ抱きかかえました.
イヌがいたのは100年の人生のうち,本当に短い期間でした.
一匹目が来たときも,二匹目がきたときも,私は「一切面倒をみないからな! いいな!」と言っていたのに,結局,風呂場で洗ってやったり,ワクチン接種で動物病院に連れて行ったり,爪を切ってやったり,歯を磨いてやったり,そういうのはいつも私の仕事でした.
ああ,あのイヌどもにまた会えたんだ!
感情が高ぶった私は「愛しているぜ!」って叫びました.
イヌに対して叫んでいるように振る舞っていたけど,本当は,後ろにいる娘二人に言ったんだ.
そんなことをやるために2014年に戻って来たんじゃないんだ!
部屋を見渡して目に入る液晶TVとか,エアコンとか,スマートフォンとか,PCとか,みんな半世紀以上前のデザインです.なんか懐かしく感じます.
テーブルの上に置いてあるのは,その頃に仕事道具にしていたMac Book Airです.
そう,私は理系大学で化学の教員をやっていたのです.
画面は開いたままになっていて,ちょっと手を触れたら,作業途中のシートが表示されました.
記憶によれば,これは電子メールの添付書類として送られて来たExcelのシートで,回答したところで誰の役に立つのかわかんない調査で,文字を入力しようとしたものの,ワケのわかんない書式設定になっていて,入力するのに時間がかかって,なんていうんだっけ,その頃によくあった困ったファイルだったはず.
神エクセルとか,ネ申エクセルとか,そんな呼び方だったかな.
一瞬,作業の続きをやっつけてしまおうと思いましたが,やめました.
せっかくプレゼントされた奇跡的な1日なんです.それを,こんなつまらない作業になんか使いたくありません.
今コレをやらなくても,100才の私は後悔しないでしょう.ファイルは閉じました.
もっとステキなことをして今日1日を過ごしたい!
普通の一日は特別な一日
夕飯の食材を買いに行く時間が来ました.
あの頃に乗っていた自動車がどういう仕組みだったのか,思い出せるかな?
ガソリンで動いていたんだよな,どうやってエンジンを起動するんだっけ?
半世紀前の自動車の動かし方を私の身体は確実に覚えていました.
エンジンをかけるとカーステレオからビートルズの曲が流れてきました.
「Revolver」の5曲目「Here, There and Everywhere」,あのころ一番好きだった曲です.
相思相愛の理想の恋愛をテーマにしたステキな曲!
私はカーステレオの音量を上げて,窓を全開にして,あの頃よく買い物に行っていたスーパーマーケットを目指しました.
野菜をどっさり買って,ワインを買って,それから,果物とかヨーグルトとかジュースとか,食べたいもの,飲みたいものをぜんぶ買いました.
ぜんぶって言っても,私と,長女と,次女の,3人家族で今日と明日に食べたり飲んだりできる量だけどね.
この晩はポトフをつくりました.
長女が「なんか,いつもと,ちょっと違う.」って言っていました.
そりゃそうでしょう,長く生きていれば味付けも変わるっていうものです.
100才の私が味付けしているんだからね!
そんな感じに特別な,だけど普通な一日の時間が流れて行きました.
まだその特別な時間は終わっていない:ステキなことをしよう,ステキな人生にしよう
この夢のような体験はまだ続いています.
私は100才の私に戻ることはなく,それから数週間過ぎましたが,目が覚めると毎朝,カレンダーが2014年のままです.
もちろん私は本当は100才になっていて,その100才の私が半世紀以上も昔の夢を何日分も見ているのかもしれないし,そんなことはなくて,100才になっているっていう方が夢なのかもしれません.
でも,そんなことはどうでもいいのです.
どちらだったとしても,今,私が体験しているこの一日は,これから先に二度とやって来ることのない,一日だけの特別なものであることに変わりはないからです.
それが何日も続いているのでしょう.
この毎日を大切にしようと思うわけです.
だから毎日,ステキな人々といっしょにステキな時間を過ごして,
ステキな場所に行ってみたり,
ステキな料理をつくってみたり,
ステキなお菓子を食べてみたり,
ステキな花を育ててみたり,
ステキな音楽を聴いてみたり,
ステキな歌を歌ってみたり,
ステキな本を読んでみたり,
ステキな学問で本を書いてみたり,
ステキなコンサートに行ってみたり,
ステキな空を見上げてみたり,
そういうステキな毎日を送ろう☆
100才の自分が後悔しない日々を送ろう
やらなくても100才の私が後悔しない,つまらないものごとはぜんぶ捨てました.やめました.
100才の私は,Excelのシートのマス目に文字を打ち込む作業をもっとやっておきたかったとか,何の役に立つのかわかんないアンケートに もっと答えておきたかったとか,黙って座って半分眠って過ごすお付き合いの会合に もっと出席しておきたかったとか,いきなりかかってくる電話連絡に もっと対応しておきたかったとか,手書きの事務書類を もっと作っておきたかったとか,そんなことはゼッタイに考えないでしょうから.
それから,
過ぎ去った出来事を考えるのはやめよう.
今と未来のことだけ考えて生きて行こう.
100才の自分が暮らしている未来の社会の建設に貢献する毎日を送ろう.
そして,愛している人々には愛しているって,伝えよう.
愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している!
今伝えなかったら,永遠に伝えられないかもしれないのだから.
今伝えなかったら,100才の自分が後悔するかもしれないのだから.
そうやって生きて行くことにしました.
これまでもそんな調子だったけどね.
100才になった自分が書いた物語を人生でなぞっていて,常にその途中にいるって考えて生きているんだ.だからワケがわかんなくなりかけてるときも「このときの私にはまだ,この先にハッピーな展開が待っていることを想像することができなかったのである.」なんて言って次に進んでるんだ.
— 野島高彦 Takahiko NOJIMA (@TakahikoNojima) 2014, 8月 27