Life + Chemistry

化学の講義録+大学を楽しく面白い学びの場に変える試みの記録 (北里大学・一般教育部・野島 高彦)

医療工学科「化学」2010年度後期試験

1月14日(金)の9時20分から10時20分までの60分間が期末試験でした.

試験の設定目標など

医療工学を学ぶ学生が,2年生進級後も医療材料や医薬品の専門科目を学んで行く際に役に立つ内容を選んで全26回の講義を進めました.特に工学系の学生であるならばできて当たり前の「単位換算」や「数値の近似」といった汎用的な内容については重点的に解説を行いました.試験範囲には前期試験範囲も含まれ,医療系の基礎化学全体像を理解することができたかどうかを問いました.

ポイントを絞った対策を立てられるよう,前期も後期も「模擬問題」を配布しました.また,通年成績で高得点をとれるように,「応用問題」を出題し,これに正解した場合には点数が加算されるしくみにしました.「応用問題」は具体的な問題を前もって公開しておきました.

高速に問題を処理して行き,全問に解答すれば今回のテストだけで160点の得点を得ることができます.このため,仮に前期に0点であったとしても,後期の努力でA評価を得るチャンスがあります.

以下,今回の問題と解答の一部です.

与えられた条件

[1]から[8]のうち,5問を選んで解答用紙に解答せよ.解答順は問わない.いずれも20点の配点である.5問を超えて解答した場合,正答した場合には通年成績に加算する.原子量はH: 1.00,C: 12.0,O: 16.0*1,Na: 23.0,Cl: 35.5とし,1 molの気体が標準状態において占める体積は22.4 Lとする.必要な物理定数は,与えられた条件および定義に基づいて求めよ.有効数字は3桁とする.

化学反応式,燃焼,状態変化,単位換算を問う基本的な計算問題(20点)

[1] 基本問題 プロパンの完全燃焼に関する以下の問いに答えよ.

(i) プロパンの完全燃焼をあらわす化学反応式を記せ.

(ii) プロパン500 gを完全燃焼させる際に生じる二酸化炭素および水の質量をそれぞれ求めよ.

(iii) この時に発生する二酸化炭素が気温15.0 ℃,気圧755 mmHgにおいて占める体積を求めよ.

(iv) この燃焼に伴って生じる熱エネルギーを用いて1013 hPaにおいて沸騰させることのできる15.0 ℃の水の体積を求めよ.水の比熱を4.18 J K-1 g-1,水の蒸発熱を40.8 kJ mol-1,1013 hPaにおける水の沸点は100 ℃,液体の水の密度は1.00 g mL-1,1 molのプロパンが完全燃焼する際に発生する反応熱を2 220 kJとして計算せよ.

(i) C3H8 + 5O2 → 3CO2 + 4H2O

(ii) プロパンは44.0 g mol-1なので,500 gのプロパンの物質量は

(500 g)/(44.0 g mol-1)=11.36 mol

プロパン1 molが完全燃焼するとCO2は3 mol生じる.

CO2は44.0 g mol-1なので,生じるCO2の質量は

(3)(11.36 mol)(44.0 g mol-1)=1.50×103 g

同様に考えて,プロパン1 molから水は4 mol生じる.H2Oは18.0 g mol-1なので,生じるH2Oの質量は,

(4)(11.36 mol)(18.0 g mol-1)=8.18×102 g

(iii) 1 molの気体は標準状態で22.4 Lの体積をもつので,34.09 molの気体がもつ体積は,

(22.4 L mol-1)(34.09 mol)=763.616 L

この気体を288 Kにしたときの体積は,シャルルの法則より,

(763.616 L){(288 K)/(273K)}=805.57 L

この気体の圧力を755 mmHgにしたときの体積は,ボイルの法則より,

(805.57 L){(760 mmHg)/(755 mmHg)}=811 L

(iv) 「模擬問題」として配布し,試験までに自力で解けるようになっておくようにと具体的に指示した問題です.以下に解説があります.

水溶液調製,濃度に関する近似と単位換算を問う基本問題(20点)

[2] 基本問題 水溶液の調製に関する以下の問いに答えよ.

(i) 5.00 mol L-1 の塩化ナトリウム水溶液を0.200 L調製するために必要な塩化ナトリウムの質量を求めよ.

(ii) 5.00 mol L-1の塩化ナトリウム保存液と0.300 mol L-1のリン酸保存液を用いて,塩化ナトリウムを0.150 mol L-1,リン酸を0.0150 mol L-1含む水溶液を250 mL調製する方法を述べよ.

(iii) 塩化ナトリウムを0.900 %(w/w)の濃度で水に溶かした溶液が生理食塩水である.この濃度をモル濃度であらわせ.

(i) NaClは58.5 g mol-1

(5.00 mol L-1)(0.200 L)(58.5 g mol-1)=58.5 g

(ii) 塩化ナトリウムについて

(0.150 mol L-1)(0.250 L)=(x)(5.00 mol L-1)

x=(0.150 mol L-1)(0.250 L)/(5.00 mol L-1)=7.50×10-3 L=7.5 mL

リン酸について

(0.0150 mol L-1)(0.250 L)=(y)(0.300 mol L-1)

y=(0.0150 mol L-1)(0.250 L)/(0.300 mol L-1)=12.5×10-3 L=12.5 mL

5.00 mol L-1の塩化ナトリウム水溶液7.5 mLと,0.300 mol L-1のリン酸水溶液12.5 mLをあわせて水で希釈して250 mLにする.

↑最終的に250 mLにするので,250 mL溶かしたらアウト.

(iii) 1000 gを考える.この中に溶解している塩化ナトリウムは

(1000 g)(0.900×10-2)/(58.5 g mol-1)=0.1538 mol

水溶液の密度を1とみなしてよい濃度範囲なので,濃度は0.154 mol L-1

医療と関係する有機化合物についての知識を問う基本問題(20点)

[3] 基本問題 有機化合物に関する以下の問いに答えよ.

(i) 次の文を読み,化合物(1)から(5)の構造式を記せ.

医療現場では様々な高分子化合物が用いられている.送液チューブには,

(1)塩化ビニル

を重合してつくられるポリ塩化ビニルや,

(2)テトラフルオロエチレン

を重合してつくられるテフロンが用いられている.また,使い捨て注射器には

(3)ポリプロピレン

が,血液バッグや輸液バッグには

(4)ポリエチレン

が用いられている.さらに,レントゲン機器には,

(5)ポリアクリロニトリル

を炭化させてつくられる炭素繊維が用いられはじめている.

(ii) 以下の化合物(6)から(15)の名称を記せ.

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(6) スチレン,(7) トルエン,(8) アニリン,(9) 安息香酸,(10) シクロヘキサン,(11) アセトアルデヒド,(12) ジエチルエーテル,(13) ホルムアルデヒド,(14) エチレングリコール,(15)アセチレン.

いずれも英語表記やIUPAC表記でも可.

いずれも10月に配布した「有機化合物を覚えよう」に記載されているものです.以下リンク先の「有機化合物を覚えよう」参照.

医療と関係する有機化合物の反応についての理解を問う基本問題(20点)

[4] 基本問題 有機化学反応に関する以下の問いに答えよ.

(i) エチレンに水を付加して得られる化合物の構造式を示せ.

(ii) 2-プロパノールとアセトンにより形成されるヘミケタールの構造式を示せ.

(iii) 2-プロパノールの酸化によって生じるケトンの構造式を示せ.

(iv) 酢酸エチルとアンモニアとの反応で得られるアミドの構造式を示せ.

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生体システムの恒常性に関する理解を問う基本問題(20点)

[5] 基本問題 身体が炭酸緩衝系およびリン酸緩衝系を用いて体液のpHを一定の範囲に保つしくみについて簡潔に説明せよ.

省略

化学の発展が医療に役立てられていることを示す具体例に関する理解を問う応用問題(20点)

[6] 応用問題 生分解性ポリマーとして用いられている物質に関して,その構造式,名称,医療に適した性質に関して簡潔に述べよ.

省略.たとえばポリグリコール酸やポリ乳酸について構造式と性質を述べてあればOK. 出題される可能性のある問題として公表しておいた問題のうちの一つです.

医療に関わる有用化合物のデザインのロジックに関する理解を問う応用問題(20点)

[7] 応用問題 以下の例(ベンゼンからアセトアニリドを合成するルート)にならってベンゼンからアセチルサリチル酸を合成する際の合成ルートを記せ.

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ベンゼン,フェノール,サリチル酸,アセチルサリチル酸,の4個が書かれていればOKとしました.ベンゼンからフェノールに至る過程として講義ではクメン法を紹介しましたが,他のルートもあります.クロロベンゼンやベンゼンスルホン酸を経由する方法です.いずれもOK.

出題される可能性のある問題として公表しておいた問題のうちの一つです.

生化学実験や検査試験において用いられる緩衝溶液のしくみに関する理解を問う応用問題(20点)

[8] 応用問題 酢酸と酢酸ナトリウムから成る緩衝溶液に少量の酸を加えても,緩衝溶液のpHはほとんど変化しない.このしくみに関して説明せよ.酢酸の初濃度はCa,酢酸ナトリウムの初濃度はCbとし,酢酸の電離度はα,酢酸の解離定数はKaとする.

省略.10月に配布した資料に記載されている.以下リンク先の「緩衝溶液のしくみ」参照.

出題される可能性のある問題として公表しておいた問題のうちの一つです.

成績評価

今回の得点と前期試験の得点を合わせたものが通年評価の成績となります.前期試験のときと同様,部分点は最大限に付けます.

点数や成績の問い合わせ関しては大学の規定により,事務を通しての公式発表までは対応することができません.20日以降に発表がありますので,それまでは済んだ科目のことは忘れて,他の科目の対策に力を入れましょう.

リンク

www.tnojima.net
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*1:酸素の原子量を問題文に入れ忘れたので訂正を出した.