本多勝一氏の『日本語の作文技術』が昨年12月に33年ぶりに改訂されたので,さっそく取り寄せて年末年始に読みました(2015年〜2016年).
私はこれまでこの本を「日本語の文章の組み立て方」を分かりやすく解説した本,として学生に紹介してきました.
今回一冊を通して読み直してみて再発見する箇所もあり,やはり理系の学生にオススメしたい一冊だと実感しました.
どんなことが書かれているのか?
この本は以下の9章から構成されています.
- 第一章 なぜ作文の「技術」か
- 第二章 修飾する側とされる側
- 第三章 修飾の順序
- 第四章 句読点のうちかた
- 第五章 漢字とカナの心理
- 第六章 助詞の使い方
- 第七章 段落
- 第八章 無神経な文章
- 第九章 リズムと文体
第一章では,この本が対象としている文書が実用的なものであって,文学的なものは扱わない,ことが宣言されています.そして,文章を書くことを次のように考えています(20ページ).
要するに一つの建築みたいにして作り上げるのである。建築技術と同じような意味での「技術」なのだ。
わかりにくい文章をわかりやすい文章に変える
第二章では,わかりにくい文章の例をとりあげ,なぜわかりにくいのかの原因を解説し,どのように改善できるかを述べています.たとえば(32ページ)
私は小林が中村が鈴木が死んだ現場にいたと証言したのかと思った。
という文章がわかりにくいのは,修飾・被修飾関係にある言葉が何重もの入れ子になっているためです.コレを改善すると,たとえば次のようになります.
鈴木が死んだ現場に中村がいたと小林が証言したのかと私は思った。
何のために「、」を使うのか?
第四章では「、」(テン)の打ち方について扱っています.たとえば(90ページ),
渡辺刑事は血まみれになって逃げ出した賊を追いかけた。
だと,血まみれになったのが渡辺刑事なのか賊なのかわかりません.
こういう場面で「、」が必要になります.
たとえば,
渡辺刑事は血まみれになって、逃げ出した賊を追いかけた。
とすれば,血まみれになったのは渡辺刑事であることがわかるし,
渡辺刑事は、血まみれになって逃げ出した賊を追いかけた。
とすれば血まみれになったのは賊であることがわかります.
「、」(テン)については長い文章だと読みにくいので,適当な長さに分断するために使われている,という誤解をしている人がいます.
しかしこの例からは,読みやすさではなく,文章の意味を正しく伝えるためにテンを打つ適切な場所というものが決まってくることがわかります.
「句読点のうちかた」については89ページから157ページまでの合計69ページが割かれています.
普段意識することの少ない「、」の意義について多くを学ぶことができます.
「段落」って何だろう?
「、」と並んで正しく理解されていないのが「段落」です.
コレも長文を読みやすい長さに分割する方法だと勘違いされている場合があります.
そうではなく,
段落は かなりのまとまった思想表現の単位であることを意味する。
のです(239ページ).
そのため,「コレだと長くて読むのがキツいから,このあたりで適当に改行しておくか」というような考えは間違いなのです.
242ページには次のように記されています.
ときには一行で改行することもあるかわり、延々と何ページにもわたって行をかえぬこともあるのは当然である。
読んでいて恥ずかしい文章を無意識に書かないために
第八章では,読んでいて恥ずかしい文章,それなのに書いている側はその恥ずかしさに気付いていない,痛い文章 の例がとりあげられています.
ここを読み,自分がこれまでに書いてきた文章や,よく使うパターンを思い出し,恥ずかしくなるのは私だけではないでしょう.
この本は本文だけで306ページあるので,読書に慣れていない人にとっては読み始めることに抵抗があるかもしれませんが,そういう人であっても,まずはこの第八章の最初の5ページくらいは読んでみることをオススメします.
全てに賛同できるわけではない
私はこの本を今後もオススメ書籍として行く予定ですが,この中に記されている内容の全てに賛同しているわけではありません.
賛同していても,そのやり方をするとイロイロと面倒なことになりそうだから止めておこう,というような部分もあります.
たとえば外国語の固有名詞をカタカナ表記するときに,ナカテン(・)ではなくて二重ハイフン(=)を使うことを主張しています.「ニューヨーク・タイムス」ではなく「ニューヨーク=タイムズ」,「チャールズ・R・ダーウィン」ではなく「チャールズ=R=ダーウィン」とする方法です.
なぜこうすべきかというと,ナカテン(・)はものごとを併記するときに使うのが適切な記号だからです.そのため,たとえば,固有名詞がいくつも出て来る文章では
カール・マルクス・アダム・スミス・チャールズ・R・ダーウィンの三人
というような,境界のわからない文章になってしまいます.それで,区切りにテン(、)を使った方法が広く用いられています.
カール・マルクス、アダム・スミス、チャールズ・R・ダーウィンの三人
ところがテン(、)は構文上の役割をもつ記号なので,こうした使用方法は望ましくありません.それで,
カール=マルクス・アダム=スミス・チャールズ=R=ダーウィンの三人
という書き方にする方法が,知名度は低いものの,世の中には存在しているわけです.
しかし,世の中に普及していない方法を採用するのはイロイロと面倒です.修正を求められる可能性のある原稿では,私は,コレをやろうとは思いません.
同様に,第五章では漢字とカナの使い分けについて著者の考え方が展開されており,賛同する面も多いのですが,やはり世の中に普及していない方法を採用するのはイロイロと面倒です.
このあたりは,こういう考え方もある,という程度にしておくのが妥当だと私は考えます.
結論
この本は,
- 日本語文章づくりのレベルを上げるために役立つことが書かれています.
- 自分自身では気付かなかった誤りや,恥ずかしい習慣を指摘してくれます.
- 日本語で書く,という行為が,化学反応式や電気回路を書くのと似ていることを教えてくれます.
- 記述問題やレポート課題で,作文技術が理由で損をする人々にとって,そういう日々から抜け出す具体的なアドバイスが書かれています.
この本を紹介することにした経緯
本多勝一氏の『日本語の作文技術』を知ったのは大学で卒業研究を始めた頃でした.
大学院生の先輩から,この本が卒業論文を始めとする様々な文章を書くときに役に立つと教わったのです.
実際に読み進めてみると,納得の行く考え方と実用的なアドバイスが記されており,この一冊に書かれているものごとの多くが,仕事においても仕事以外においても私の人生に役立っています.
それで,現在に至るまで,理系の学生にこの一冊をオススメの本として紹介してきた経緯があります.
私が大学1年生向けに担当している前期木曜2限「大学基礎演習B」でも,「わかりやすい日本語の組み立て方」を扱っており,その考え方は『<新版>日本語の作文技術』と共通するところがあります.
2016年度の「大学基礎演習B『理系スタイルのスタディ・スキル #リケスタ』」では,この本を参考書籍としてシラバスに記載しました.
なお,理系向けの日本語文章作成については『理科系の作文技術』(木下是雄)もオススメです.こちらは5年前から大学基礎演習Bで参考書に指定しています.
この本はいいなって思ったら紹介することにしました.どのようなことが書かれていて,それはどのような人々にどのように役立つと私が考えていて,そこから私自身はどのようなことを考えることになって,っていうように,「かんそうぶん」とは違ったかたちでSNSに.
— 野島高彦 Takahiko NOJIMA (@TakahikoNojima) 2016, 1月 25
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