Life + Chemistry

化学の講義録+大学を楽しく面白い学びの場に変える試みの記録 (北里大学・一般教育部・野島 高彦)

ディベートとディスカッションと口論は同じではありません

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ディベートとかディスカッションとか討論とか議論とか口論とか誹謗中傷とか,そういうものごとを区別できていない人々がいて,不毛なトラブルが起きたり,問題解決が永遠の彼方に先延ばしされてしまうことがあるので,ここで整理しておくことにします.

ここでは「ものごとの結論を下す方法」について,代表的な方法2点をとりあげます.正確な用語であるとか厳密な定義であるとか,そういったものごとは考えません.

決め方その1:A案にするかB案にするか

例として大学生貧乏サークルの合宿一週間っていうのを考えてみます.

貧乏なため一週間にわたって料理は自炊です.

料理係はAくんとBくんの2人で,献立を決め,適当に他の仲間の手も借りつつ,合宿所から歩いて行ける距離の場所にある商店街に行って買い物をして,みんなの料理を作ります.

合宿が始まってしばらくの間,AくんもBくんも献立について意見が合っていたのですが,ある日,意見が合わなくなりました.

Aくんはソバにしようと主張しました.
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一方,Bくんはカレーライスにしようと主張しました.
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献立がなかなか決まらない様子をみていたキャプテンは,

「それじゃ,今夜のミーティングで みんなに決めてもらおう.Aくんはソバがよいと考える理由を,Bくんはカレーライスがよいと考える理由を,それぞれ みんなにわかりやすく説明してくれ.じゅうぶんに説明が終わったら,みんなに投票してもらおう.それでいいよね?」

と提案しました.

AくんもBくんもそれでよいと考えたので,その日の夜のミーティングで,献立を投票で決めることになりました.

Aくんは,

  • 合宿が始まってから和風メニューが一度も出ていないこと
  • ちょうど食品店で麺類安売りセールをやっていること
  • カレーライスなら最初の日に食べたこと

などを説明しました.

これに対してBくんは,

  • ソバではお腹いっぱいに なりそうにないこと
  • シチューを作ったときに余った食材が転用できること
  • いちど出たメニューでもお腹がいっぱいになるんだったら構わないんじゃないかということ

などを説明しました.

キャプテンは司会となってAくんとBくんの2人を対等に扱い,会場からの質問を拾ってAくんなりBくんなりに答えてもらって,みんながじゅうぶんに情報共有できるようにしました.

たとえばAくんに対しては「麺類はどの程度の割引なのか」といった質問が,Bくんに対しては「シチューをつくったときの食材はどれくらい余っているのか」といった質問が出ました.キャプテンが司会進行をしつつ,二人がそれぞれ答えました.

会場からの質問も出尽くし,みんながじゅうぶんに情報を共有できたタイミングで,ソバにするかカレーライスにするかの投票がおこなわれました.

こういうふうに,2つの異なる案が出ていて,どちらにするか,というものごとの決め方を,「討論」とよびます.

AくんもBくんも,直接やりとりをすることは無く,会場にいるみんなが結論を下せるように,自分の考えを説明します.

決めるのは会場にいるみんなであって,AくんでもBくんでもありません.

決め方その2:A案とB案とをそれなりに両方満たす結論を探す

別の決め方もあります.

またAくんがソバ,Bくんがカレーライスって言っている場面に戻ります.

キャプテンは2人に対して,
「それじゃきみたち2人が納得できる結論を出してくれよ.まず互いに なんでそう考えているのかをじゅうぶんに説明してくれ」
と命じました.

それでAくんとBくんとは,なぜソバがよいのか,なぜカレーライスがよいのか,なぜそのように考えるようになったのか,について説明しあいました.

Aくん「たしかにソバだとお腹いっぱいにならないかもしれないよね」
Bくん「うん.でも和風メニューは捨てがたいよね」
Aくん「そうなんだよね.でも,余ってる材料も何かに使いたいよね」
Bくん「うん.そうだ,ソバやめて,うどんにしたらどうだろう? これならお腹にたまるし,安売りセールで買えるよね!」
Aくん「そうだね! そうだ,カレーうどんにしたらどうだろう? そうすれば余っている食材も使えるよね!」
Aくん+Bくん「カレーうどんにしよう☆」

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っていうようなものごとの決め方を「議論(ディスカッション)」とよびます.

「議論」には狭義から広義までさまざまなものごとの「議論」があるのですが,ここでは「議論とは何か」「議論という言葉の正確な定義は何か」みたいなのはパスします(本題じゃないし).

ここでカレーうどんに決まるまでのやりとりは,Aくん vs Bくん ではありません.2人はスタート地点で対立する案をそれぞれ持っていましたが,そこから共同作業を進めていって,2人で同じゴールにたどり着いています.

議論は戦いではなく,共同作業です.

っていうわけで,世の中には「議論に勝つ!」とか「論破する!」とか「相手を倒す!」といったことを言ってるヒトがいますが,そういうヒトたちって共同作業に勝ち負けとか相手の排除とかを求めている困ったちゃんです.相手をしないことをオススメします.

討論でもなければ議論でもない

ちょいとまた,Aくんがソバ,Bくんがカレーライスって言っている場面に戻ります.

Aくん「ソバだろソバ! そもそも なんでシチューつくったときの材料が余ってるんだよ! よく考えて買えよ! 算数もできないのかよ!」
Bくん「なんだと? おまえ数学の再履修してるくせに偉そうなこと言うなよ!」
Aくん「なにい!? この前の試合,おまえがヘマやったから負けたんだぞ!」
Bくん「関係ないだろ! おまえ,彼女にフラれたからって俺に当たるなよ!」

キャプテン「おまえらいい加減にしろ!」

みたいなのは,討論でもなければ議論でもなく,口論です.相手の人格を攻撃する行為は誹謗中傷です.
こういうことをしていても問題は解決しないし,何も得られるものがありません.関わらないことをオススメします.

それぞれ適した場面がある.

世の中には,口論とか誹謗中傷は別として,討論タイプ「A案 vs B案」で決めるのが向いているものごとと,議論タイプ「A案 + B案→C案」で決めるのが向いているタイプのものごととがあります.両者を適当に組み合わせたようなやりかたも考えられるでしょう(今回は考えない).

たとえば裁判は,討論に似た方法です(完全に同じではない).
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刑事裁判では,検察と被告(の弁護人)がそれぞれの立場から裁判官(および裁判員)に対して説明をおこないます.たとえば検察は死刑を要求し,これに対して被告の弁護人は無罪を要求する,といった具合です.

最終的な判断を下すのは裁判官(および裁判員)であって,その判断が適切に下されるように,検察も被告の弁護人も,裁判官(および裁判員)に対して,自分たちの考え方を説明します.

裁判では,検察と被告の弁護人とが直接交渉することはできません.たとえば,

検察「死刑にするべきだ,って思ってたんだけど,そこまでキツくしなくてもいいんじゃないかって思い始めてきた」
被告の弁護人「それじゃこっちも正直なことを言おうかな.無罪とか主張してたけど,こいつ,結構 悪いやつなんだよね.死刑ってのはアレだけど,懲役10年くらいでいいんじゃね?」
検察「ああ,それじゃ懲役15年あたりで手を打とうかね?」
被告お弁護人「うん,そうしよう.懲役15年だね!」
検察 & 被告の弁護人「裁判長,懲役15年で決まりました☆」

裁判官一同「バカモノ! 決めるのはおまえらじゃないだろ!」

みたいになって,裁判が成り立たなくなるからです.

ディベートと称しておこなわれているディベートではないヘンな何か

討論タイプの意思決定法を学校教育に採り入れたものが,教育ディベートとか競技ディベートとよばれるものです.

コミュニケーション能力が育つとか,論理的思考力が鍛えられるとか,そういう効用があるっていうことになっていて,小学校から高校までディベートがおこなわれているのですが,コレは本当によく考えて教室に持ち込まないと,イロイロと問題が起きます.

実際に起きてるんだけど.

それについては別記事で考えます.

【追記:2018-04-06】

法学がご専門の 猪瀬 貴道 先生 (北里大学 一般教育部 人間科学教育センター 人文社会科学) から以下のような参考情報をいただきましたので紹介します.


【追記:2018-05-06】

上記追記に従って本文を修正しました.(この程度の軽微な修正におまえは1ヶ月もかかるのかっていうツッコミはナシ)

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