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化学の講義録+大学を楽しく面白い学びの場に変える試みの記録 (北里大学・一般教育部・野島 高彦)

事例紹介:Twitterを用いた学生とのコミュニケーション

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2013年3月に発行された北里大学内の報告書に掲載されている報告です*1.Twitter利用に関してイロイロと尋ねられることが多いので,そういうときのためにここで公開しておきます.


野島 高彦,「事例紹介:Twitterを用いた学生とのコミュニケーション」,平成24年度北里大学高等教育開発センター年報,北里大学高等教育開発センター,2013年3月31日,p99-p100.

Twitter,Facebook,Google+,mixiなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が,大学におけるコミュニケーションのあり方を大きく変えつつある.本稿においては,学生に対する学習指導,および学生とのコミュニケーションにおけるTwitterの利用事例を紹介する*2

1 公開範囲の設定

Twitterは実名でも匿名でも利用可能であり,発言内容を世界中の誰でも読める状態にする(公開)か,指定した者だけが読める状態にするか(限定公開)を選ぶことができる.筆者は実名で利用し,発言内容をすべて公開している.これは,業務内容を透明化するためである*3.公開設定が良いのか非公開設定が良いのかは個人で決める問題である.ただし,コミュニケーションの広さと深さを広げる点では,公開設定であることが有利であると筆者は考えている.

Twitterに対する筆者のとらえ方は「教室内での会話」である.会話の内容は周囲の者にも聞こえるため,関心を持った者は会話の輪に入って来ることができる.会話の輪に入って来なくても,話を聞き続ける者もいる.教室内の全員がそれぞれ好きなスタイルで過ごすことができる.

2 連絡インフラとしてのTwitter

筆者は相手を特定することなく,日常的に,担当科目に関連するお知らせ*4,大学公式行事の紹介,イベントの提案,生活上の諸注意などをTwitterに投稿している.

本稿執筆の時点*5で,筆者のTwitterアカウントは1,926名からフォローされている*6.このうち,303名が北里大学在学生*7および北里大学入学予定者*8である.相手を特定せずに筆者がTwitterに投稿する情報は,303人の在学生を含む1,926名に一斉に届けられる.情報の受け取り手は,その情報を転送することができる(リツイート).どこまで転送が繰り返されて行くのかは想定できないが,少なくとも1回の投稿に付き303人以上の在学生に情報を一度に届けることが可能である.

情報の一斉発信方法としては電子メールの一斉送信がこれまで広く使われてきたが,この場合には発信側が受け取り側のアドレスを知っていなければならない.Twitterではこの関係が逆になっており,受け取る側のアカウントを発信側が知っている必要がないため,「関心のある者はどうぞ」の関係が成り立つ.筆者は,電子メールとは異なる考え方の通信インフラとしてTwitterを利用している*9

3 学習指導システムとしてのTwitter

学生からの質問に対して,筆者はTwitterを用いた回答に応じている.電子メールを用いたやりとりでは同じ内容を複数の学生と個別に行わなければならず,その内容に違いがあった場合に,公平さの点で問題が生じる*10.これに対してTwitterを用いたやりとりでは,その過程をオープンにできるため,ログをさかのぼって確認することにより,複数の学生が問題を解決することができる*11.特に1段階ずつ説明して行く計算問題の指導にTwitterは適している*12. なお,成績評価に直結する情報を公開するにあたって,講義や大学の掲示板による公開に先がけてSNSによる公開を行うことはない.

4 イベント企画および意見集約システムとしてのTwitter

Twitterユーザの学生からの提案に基づき,2010年以降,JAXA相模原キャンパス見学,八景島シーパラダイス見学,学内バーベキュー場でのヤキイモ大会,江ノ島散策,国立科学博物館見学,下北沢散策,を開催してきた.開催日時,集合場所,準備状況報告などの連絡にはTwitterを用いた.そのやりとりをオンラインで知り,参加する者もあらわれ,学生どうしのつながりを育てる効果もあった.

5 北里大学つながろうプロジェクト

学年,学部,学科,専攻を越えた交流が学生間に広がることは,総合大学として望ましいことである.そこで筆者はTwitterを用いて北里大学の学生どうしを結ぶプロジェクトを2012年春から開始した.それが「北里大学つながろうプロジェクト」である*13.参加希望者は筆者のTwitterアカウントあてに学年と学科名*14を送信すれば,それを筆者がTwitter上で紹介する,というしくみである.本稿執筆の時点で,北里大学への推薦入学が決まった高校3年生から,就職の決まった4年生まで60人以上が参加している.大学入学時には同期にも上級生にも,学部を越えたオンラインでの知り合いがいる,という状況が実現し,大学生活開始時の不安が低減される.

2013年2月上旬,すでにTwitter上では「北里大学つながろうプロジェクト」で知り合いになった4月入学予定の高校3年生どうしが,学部を越えて趣味,ニックネーム,住んでいる街を紹介しあっている.そこに在学生が加わり,クラブ活動や履修予定の選択科目についてアドバイスしている.こうした関係は入学前から卒業後まで続くものであり,生涯を通じた同窓生ネットワークに成長して行くことだろう.

個人情報保護の点から,大学が卒業生の連絡先を調べることが年々難しくなっている.その一方で今後の大学は同窓生とのつながりをこれまで以上に大切にして行かなければならない状況にある.オンラインでゆるく結びついたネットワークは,これからの大学にとって理想的な同窓会の形態になるかもしれない.

6 SNS利用に関する指導

SNSへの投稿から不正行為,違法行為,問題行動が発覚し,処罰を受ける学生が全国的に後を絶たない.このような問題に巻き込まれないよう,本学の学生に対して筆者は次の2点を指導している*15

  1. 悪いことをしては いけない.
  2. 仮に誰かが(自分かもしれないが)悪いことをしたと知っても,それをわざわざ公開するものではない.

Twitterをはじめとするオンラインサービスの利用法を指導するにあたり,筆者は,「学生の人生を守ること」を最優先している.上記(1)も(2)もSNS登場以前から「あたりまえのこと」であった.SNS特有の規則や規制といったものを特別に考える必要は無いと筆者は考えている.強いて言えば情報伝達速度と情報拡散範囲が他の情報伝達手段よりも速く広い,という点が注意を要する点かもしれないが.

7 おわりに

Twitterをはじめとするインターネット上のサービスに対しては,警戒心や恐怖心が必要以上に抱かれがちである.そのため,大学生や教職員に対してSNSの利用を規制する必要があるとの意見も珍しくない.しかし,現実にはSNSはインフラとして社会に定着しつつあり,大学に限らず社会全体におけるコミュニケーションのあり方を変えているシステムである.安全に使用する方法を指導しつつ,SNSのもつ可能性や利点を理解させて行くことが,在学生にとっても大学にとっても,最も良い選択肢であると筆者は考えている.

*1:2012年8月1日から2日にかけて行われた北里大学新任教職員研修における事例紹介要旨に加筆し,改訂したものです.

*2:筆者はTwitterの他に,Facebook,Google+,mixi,Skype,LINE,Foursquareといったオンラインサービスを学生とのコミュニケーションに利用しているが,本稿ではTwitterの利用法に限定して紹介する.また,Twitterには1:1で非公開のメッセージをやりとりするダイレクトメッセージ(DM)機能があるが,これについては本稿では触れない.

*3:2009年4月に北里大学に赴任して以来,筆者は守秘義務やプライバシーの問題が生じない全業務のオンライン公開に取り組んでいる.これまでに行った化学講義および大学基礎演習の授業記録はすべてブログ形式で公開している.リアクションペーパーで寄せられた質問と,それらへの解答もここに公開してある.過去の試験問題と略解,および授業中の配布物はすべてダウンロードできる状態にしてある. http://takahiko.life.coocan.jp/univ/ 配布物は講義日の3日前までにオンライン公開しており,筆者の大学教育に関心を持つ学外の方々からコメントやアドバイスを頂き,改訂を加えた上で履修者に印刷配付している.これが一種の査読システムとして作用しており,教育の質改善に役だっている.

*4:筆者は化学講義および大学基礎演習の記録をすべてブログ形式で公開している.そのブログを更新した際には,URLをTwitterで告知している.

*5:2013年2月7日正午.

*6:すなわち,Twitter上における筆者の発言を国内外の1,926名が受け取っている.

*7:北里大学在学生16人に1人の割合で筆者とTwitterを介してつながっている計算になる.実際には筆者の化学講義や大学基礎演習を履修してきた学生が過半数を占めている.

*8:推薦入学およびAO入試入学.

*9:筆者はすべての連絡手段をTwitterに移行すべきだとは主張していないし,それが良いとも考えていない.さまざまな連絡手段は互いに補完しあうものである.

*10:「学外のSNSを教育に用いると,アカウントの有無によって不公平が生じるのではないだろうか?」とか,「Twitterで相互フォロー関係にある学生の方が,試験範囲についての情報を得やすいのではないか?」といった疑問が筆者にたびたび寄せられる.こうした疑問に対する筆者の考えは,「不公平は生じるかもしれないが,それはSNS普及以前にも存在していたレベルのものである」というものである.たとえば,たまたま廊下で出会った学生から筆者の担当する科目についての質問を受けた場合,それに答えることが,その学生と他の学生との間に不公平を生む可能性がある.そのレベルのものであると筆者は考えている.

*11:「言った/言わない/聞いてない」問題は生じなくなる.

*12:野島 高彦,先進的な授業事例の紹介5. ソーシャルネットワークサービスを活用した化学教育,平成22年度私立大学教員の授業改善白書,公益社団法人私立大学情報教育協会,2011年5月,p13, http://www.juce.jp/LINK/report/hakusho2010/hakusho2010.pdf

*13: http://takahikonojima.hatenablog.jp/entry/2013/01/17/232228

*14:専攻に分かれている場合は専攻名.

*15:筆者が担当する化学講義(医療工学科,看護学科)と大学基礎演習では,SNS利用上の注意を初回に説明している.また,筆者が北里大学入学アドバイザーとして協力している北里キャンパスナビゲーターのミーティングにおいても説明している.さらに,インターネット利用上の注意をオンラインで不定期に公開している.たとえば http://d.hatena.ne.jp/hrmoon/20120830/p2