Life + Chemistry

化学の講義録+大学を楽しく面白い学びの場に変える試みの記録 (北里大学・一般教育部・野島 高彦)

上級年次再履修者対象の夏期集中講義

昨年度の化学で不合格となったまま2年生に進級した学生を対象とする補講が,今週の月曜日から行われています.午前と午後に2コマずつの集中講義形式.教員6名が交代で2コマずつ担当していて,私は最後の2コマを担当しました.

6名が共通して担当できるように,「化学要習」のテキストを使って講義と演習を進めることになり,私は「酸化と還元」を担当することになりました.

酸化と還元の定義,酸化数,酸化剤と還元剤,といった高校レベルの内容なので,学生は退屈だろうと思い,「酸化と還元」が,生物環境,医療技術,それに日常生活とどんな具合に関係しているのかを,ついでに紹介することにしました.

基本事項の復習と演習

還元,還元剤,酸化,酸化還元反応,酸化剤,酸化数

生物環境と酸化還元反応

私たちの身体を構成する材料には窒素原子が組み込まれています.この窒素は食べ物として身体に採りいれられたものです.土壌中の窒素化合物が植物に吸収され,その植物を草食動物や雑食動物が食べ,動物の肉を人間が食べ,という流れで,私たちの身体までやって来るわけです.

その土壌中の窒素化合物はどこから来たのかというと,空気中の窒素と酸素が,雷によって反応してNOになり,さらに空気中の酸素と反応してNO3-まで酸化されて雨といっしょに降り注いで,という流れで来たものです.

私たちが呼吸するとき,肺の体積の8割が窒素ガスで占められますが,この窒素は体内では全く化学反応することがなく吐き出されてしまいます.コレが利用できればほ乳類の食生活もずいぶんと違っていたことでしょう.

じつは,そんなことができる生き物が存在します.マメ科の植物の根に共生する根粒菌というバクテリアです.このバクテリアがもつ酵素は,窒素ガスをアンモニアに変える反応を触媒します.根粒菌がつくったアンモニアは植物の代謝系で受け渡されて,窒素を含む様々な化合物の合成に用いられます.これを動物が食べるわけです.

この酵素がどれくらいスグレモノなのかは,窒素と水素からアンモニアを合成する工業化学プロセスが,400 ℃から600 ℃の高温と,200気圧から1 000気圧の高圧という条件で行われていることからもわかります.

医療と酸化還元反応

血糖値の測定に酸化還元反応が利用されています.

血液中のグルコース(ブドウ糖)濃度を血糖値と呼びます.糖尿病患者は自分自身の血糖値を把握している必要があります.グルコース濃度の測定には,

グルコース + 水 → グルコン酸 + 過酸化水素

の化学反応で生じる過酸化水素を定量する方法が用いられています.ここで生じた過酸化水素が還元されて,水が生じる際に流れる電流を測定します.

この方法に微細電極を利用することによって,極微量の血液中から正確に血糖値を測定できるようになりました.針の付いた使い捨てタイプの小型電極で自分時自身の指先から血液をサンプリングし,ポータブルタイプの機器で測定する方法が実用化されたので,自宅で血糖値を測定できるようになりました.

ファッションと酸化還元反応

パーマには酸化還元反応が利用されています.

髪の毛の主成分はケラチンと呼ばれる蛋白質です.他の蛋白質と比較してケラチンには多くのシステインが含まれています.システインはーSH基をもつアミノ酸です.

ケラチンの分子どうしはーSHどうしがーSSー構造を取ることによって(酸化)架橋されています.ここに還元剤を入れると

ーSSー → ーSH + HSー

という反応が起こり,ケラチン分子どうしは解離します.ここで髪の毛をカールさせつつ酸化反応を行うと,上記反応が逆に進行し,髪の毛にクセを付けたまま固定することができます.

毛髪中のすべてのシステインを処理するわけではなく,6分の1から5分の1程度のシステインだけを処理します.もともと毛髪を痛める化学処理だからです.

後期の予定:医療工学科の上級年次再履修者

1年生といっしょに水曜1限の講義に出席し,学期末の試験を受験すること.試験に関しては別途お知らせします.

リンク

www.tnojima.net
www.tnojima.net