Life + Chemistry

化学の講義録+大学を楽しく面白い学びの場に変える試みの記録 (北里大学・一般教育部・野島 高彦)

「『ダーウィンが来た!』が来た」:NHKプロデューサー江川寛氏講演会

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NHKの自然科学番組「ダーウィンが来た!」のプロデューサーをされている江川寛さんが北里大学で講演をしてくださいました.

1回30分の番組ができあがるまでの構想から準備,取材,編集までの流れを説明していただいた後,番組を作っていくうえでの苦労話や裏話を聞かせていただきました.

わかりやすいタイトルをつける

番組をつくり多くの人に見てもらうために江川さんはいろいろな工夫をされています.その一つが,「わかりやすいタイトル」をつけることです.たとえばカバを扱った回では「壮絶1300頭 カバ大集結」という具合です.年間47本の番組に2名のプロデューサーがタイトルを付けています.

取材の計画を立てる:ゼロを1にする苦労

スタートはディレクター数名による「ネタ探し」です.「誰も見たことの無い映像」で「誰も知らない話」,そして「一般人が興味をもつ内容」を探して行きますが,そう簡単にネタが出てくるわけでもありません.専門家に話をきく,書籍や論文を読む,昔の番組を見直してみる,動物園に行ってみる,身近な人に相談してみる,など思いつく手段を使えるだけ使ってネタを探します.

ネタを探してきても,それが実現可能かどうかをしっかりと検討しなければなりません.特に野生動物をターゲットとするので,「遭遇確率」を計算して取材の計画を立てる必要があります.1か月かけて「行くか行かないか」を決めるとのことです.それでも現地に到着してから長引く悪天候に見舞われ,翌年もう一度取材をやりなおしたこともあったそうです.

江川さんがおっしゃるには,ここは「ゼロを1にする」段階だとのこと.1を10にする段階も大変だが,0を1にするのはもっと大変だとのことです.

取材の準備は1か月

撮影に行くまでの準備期間は1か月.ここで旅行の準備を進めつつ,平行して番組のストーリーを考えるとのことです.

ロケは3人

取材に使用する機材の総重量は400 kg.これをディレクターとカメラマンの2名で取材先まで運び込みます.ここに現地のコーディネーターが加わり,3名で取材を進めます.取材期間は約35日.取材対象は野生動物なので,できる限り少ない人数で行動しないと逃げられてしまうのです.少ない人数で取材するため,ディレクターもカメラや機材の操作を分担します.こうしたチームが約15組あり,あちらこちらで平行して取材を進めています.

苦労話:ときに命がけ

現地に乗り込んだものの,ターゲットの動物が発見できない,ということがよくあるそうです.また,動物の活動シーズンは虫の活動シーズンでもあり,取材チームは虫の大軍に襲われて体中をデコボコに腫らして帰国することもあるそうです.さらに命がけなのは落雷です.平野に設営したテントは,もっとも「高い」物体になります.この周辺には雷が落ちやすくなります.実際,目の前に雷が落ちる場面に遭遇したこともあるとのことです.また,望遠レンズを三脚に乗せて動物を狙っていると,紛争地帯ではバズーカ砲か何かと間違えられ,命を狙われかねません.まさに命がけです.

計画通りに行かないところに発見がある

十分に時間をかけて番組のストーリーを考えて取材に取りかかっても,相手は野生動物です.取材チームが予想もしなかったことをやったり,思い通りに動いてくれなかったりすることも珍しくありません.「シナリオの半分は現地で修正する」そうです.しかし,その「半分」の中に,これまで知られていなかった「発見」が隠れていることも多く,学術的に価値のある映像が記録されることもあるそうです.

創意工夫の撮影作業

最高の映像を撮るために,様々な道具の開発も進められています.望遠レンズ以上の迫力を目指して10 mのクレーンでカメラを動物に接近させたり,リモコンで動く戦車の上にカメラを乗せて獰猛な動物に迫ったり,内視鏡レンズを使って昆虫に接近したり.時間軸を操るために,2000分の1秒の瞬間を捕らえるハイスピードカメラ,逆に長時間の撮影のために微速度カメラや定点撮影カメラも使われています.

編集作業は17日間

1回の撮影旅行は35日,ここで撮影される映像の記録時間は50時間,これを17日間かけて編集して30分の番組にしています.膨大な量の映像を組み立ててストーリーをつくり出すためには,ボードの上に場面ごとのフセンを貼って並べ,それを貼りかえたり並び替えたりする方法がとられています.これに要する時間が1週間から2週間.その後に音楽を入れ,ナレーションを入れ,ホームページに情報を掲載し,字幕の文章を考えます.

科学研究と共通する点が多い

江川さんの話のなかには科学研究と共通する点がいくつかありました.虫にさされたり落雷に遭ったりということはありませんが,すべてが予定通りに進むことはありません.番組づくりで「シナリオの半分は現地で修正する」というのも,実験研究で予想した結果がどおりに行かないことがほとんどというのと似ています.「計画通りに行かないところに発見がある」というのも科学研究ではよくあることです(うまく行かないのが普通).一方,〆切を意識して作業を進めるという点では,TV番組制作はシビアです.毎週毎週必ず放送されて行くわけですから,「そのうちに」は許されません.このあたりは「大きな違い」かもしれません.いや,ホントは計画的にデータを取って行けばいい面もあるのですが,アレがアレで以下略.

次回はオススメ

11月21日(日)は「秘密だらけの隣人 スズメ」です.春にスズメを扱うと決めたときには,果たしてどの程度興味を持ってもらえるか疑問だったそうですが,取材を進めるにつれて興味を持つ人が増えており,これは「期待値大!」だそうです.お楽しみに.