Life + Chemistry

化学の講義録+大学を楽しく面白い学びの場に変える試みの記録 (北里大学・野島 高彦)

通年講義を終えて

4月から水曜1限(医療衛生学部)と金曜2限(看護学部)の化学講義を通年で担当しました.

講義を受け持つことになった際,「自分が受けたい講義をやる」という方針を立てました.

講義は板書で進めることにしました.「書きながら説明する」,「ノートを取りながら講義を聞く」というスタイルは,様々なAV機器や情報機器が開発された今でも,非常によくできた情報伝達手段です.

AV機器併用

ただし,動画や複雑な図を使う際にはスクリーンを下ろし,AV機器を用いることにしました.

化学はナノメートルサイズのサイエンスです.しかしナノメートルと言われても,具体的なスケールをイメージするのは難しいものです.

そこである日,「Power of Ten」という動画を用いて10n mごとに自然界を見て行くことにしました.

D

この動画を用いた説明が,履修者の理解を深めるために効果的だったように感じられたので,これ以降の講義では毎回スクリーンを一度は下ろしてAV機器を用いた解説を行うことにしました.最終的には一回の講義時間の1/3程度がスクリーンを用いた解説になりました.

出席票自由記入欄

第1回目から,出席票には感想,質問,コメントを自由に書いてもらうことにしました.

これらに対してはすべて回答すると宣言しました.

私にとっては翌週までの宿題というわけです*1

あるとき,もらったコメントをいちどにすべて投影したら面白いのではないかと思い,1枚のスライドに全コメントを記入して投影したことがあります.たとえば↓

f:id:hrmoon:20090617144542p:image

前回の出席票に何か記入した学生は,ここから自分のコメントを探し,見つけては指さして隣の席に座る友人に話しかける,という光景がちらほらと見られました.

これ以降,毎回講義のはじめに全コメントを投影することにしました.

科学的に(化学的に)本質を突いた質問もあり,これらに回答することによって出席者全員で理解を深める機会とすることができました.

最新化学トピック紹介

これに続いて,1週間の間に報道された化学関連のニュースを解説する時間を設けました.

秋のノーベル賞シーズンには化学賞,生理医学賞の内容について解説しました(今年はどちらも生体高分子に関するものでした).

有機化学に関連して,アクリロニトリルやポリアクリロニトリルの話もしていた時期に,ポリアクリロニトリルを原料とする炭素素材でつくられたボーイング787が初飛行しました.

このときは,初報道が日本時間の朝3時台で,これを朝9時からの1限講義までにスライドにして説明するという,スピード解説を行いました.

この日のTweet

毎回毎回講義のはじめに「できるかぎり新しい」化学関連ネタを紹介してきた.とうとう今回は講義日早朝3時台のニュースをスライドにして紹介するという状況.できごとから5時間台で講義スライドに.さすがにキツい.

posted at 20:09:23

化学と社会

化学の発展と社会の発展についても解説してきました.

アンモニア工業合成法のハーバーとボッシュ,ナイロン66のカロザース,アセトン大量合成法のワイズマン,付加重合のチーグラーとナッタ,といった人物の業績についても解説し,これらの発明が,今,どのように社会で活かされているかを解説しました.

職業との関連

医療の仕事に就くことを前提に大学で学ぶ学生が履修していることを考え,最終回から2回目には「医療を支援する化学」を解説しました.

また,最終回には今後10年間で医療関連化学にどのような発展が期待できるのか,望まれるのかを考えました.

この2回は,教科書第17章以降を自分自身で読み進めて行く際の,理解の指針ともなっていました.

加えた項目

指定教科書には載っていない「金属結合」を前期に解説しました.いろいろな医療器具には金属が使われているし,金属の代わりになる物質の開発が進められていることを考えると,「金属とは何か」を理解しておくことが重要だからです.

さらに,後期の有機化合物のところで共役二重結合を解説する予定だったので,これが金属と似た性質をもつことを理解してもらうためには,金属結合について説明しておく必要があったのです*2

後期には有機電子論を用いた反応機構解説をとりいれました.有機化学は丸暗記ではないということを示すために役に立ったようです.有機化学に対する意識が変わったとのコメントが多数寄せられました.これを使って一置換ベンゼンの配向性を説明し,薬品合成のロジックを説明することができました.

意識的に省略した項目

講義時間の制約から,意識的に省略した項目があります.

溶液濃度に関連して「オスモル」(必要なら専門科目で学ぶ),有機化学に関連して「化合物命名法」(一般教育化学レベルでは慣用名をもつ物質の方が多いし,例外も多いので,化学を専門にしない限り実用性に乏しい)を扱わないことにしました.

そのかわりに「カロリー計算」,「化学反応式の立て方」,「モル濃度計算」については演習の時間を設けました.

時間の都合でカットした項目

「中和滴定」は酸と塩基の理解を深めるために重要な項目なのですが,時間の都合でカットしました.

教科書に載っていない範囲では,熱力学の基礎を講義したかったのですが,見送りました.

試験

前期試験では前期講義範囲を,後期試験では通年講義範囲を出題範囲としました.試験結果と成績評価については,2009年度の終わりに報告しようと思います.

興味の視点

アルカリ金属の反応性を説明するため,様々なアルカリ金属を水に放り込んで爆発させる動画を見せたことがあります.

医療衛生学部の数%の学生がこれを非常に気に入ってしまい,出席票に毎回「爆発ムービーのリクエスト」が書かれるようになりました.

それで,ハロゲンの反応性とか,水素と酸素の反応,というようなところでは適切な爆発映像を探してきて投影しました.

しかし,どう考えても爆発が関係しそうになる項目も多く,ネタ探しには苦戦しました*3

一方,電磁波の応用例として電子レンジを採り上げ,「チンしてはいけないもの」の話をしたところ,看護学部の学生が非常に関心を持ったようで,数回にわたって「○○はチンして大丈夫でしょうか」とか「誤って○○をチンしたらびっくりしました」というようなコメントが続きました.

基本的に同じ教科書を用いた講義を2コースで行っていたのですが,こうした興味の違いがあるため,途中から2科目の準備をしているような状態になってしまいました.

最後に

「自分が受けたい講義をやる」という方針は最後まで変えませんでしたが,履修者にとってこれが果たして受けたい講義であったかどうかは不明です.そういうわけで,最終回の出席票に,別の科目も私から教わりたいとか,非常に良い講義であった,というコメントが見受けられたことは,安心するとともに嬉しいことでした.

来年度もこの方針で行きます.

御礼

忙しいなか,12月2日の公開授業に参加して下さり,有用なコメントと励ましの言葉を下さった一般教育部の先生方にお礼申し上げます.また,全講義に出席し,有益なコメントをくれた助教のD博士にお礼申し上げます.彼の率直なコメントを参考に,途中から板書速度を調節しました*4

最後に,1年間の化学講義を担当することによって,私自身も再度化学に対する理解を深めることができました.この点で,出席票自由記入欄に質問を寄せてくれた履修者のみなさまに感謝しています.

*1:これは非常に勉強になりました.

*2:実は,後期の内容も考えて前期から講義内容を組み立てていました.

*3:最終回に何回分かまとめて上映しました

*4:それまでは,板書しながら解説しながら計算しながら,などという非常にやっかいな講義をしていました.