Life + Chemistry

化学の講義録+大学を楽しく面白い学びの場に変える試みの記録 (北里大学・野島 高彦)

化学平衡

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↑飽和食塩水中の食塩の結晶.こうしている間にも結晶と溶液との間でイオンが入れ替わっています.

前期化学講義の後半では化学平衡を扱いました.

化学平衡は分子の視点で自然界を見る際に重要な考え方です.特に,生体系を理解ためには,生体の構成要素である「分子が常に入れ替わっている」という事実を忘れるわけには行きません.

私がこの事実をはじめて知ったのは小学生の頃でした.今この時点の自分自身を構成しているパーツのなかに,自分自身が生まれたときから継続して使い続けているものは無い,という事実は,非常にショッキングなものでした.そして,私の身体から出ていったパーツを何とかしてかき集めたら,もう一人の自分ができるのだろうか,などと考えたものでした.

この「入れ替わり」について上手に説明するのは難しいものです.「生徒全員が卒業しても学校はそのまま残る」とか,「ブロックで作ったロケットのパーツを好きなところから抜き取って同じ規格のブロックをはめて行けばいつまでもロケットはロケットのままだ」とか,私もこれまでいろいろな説明を考えてきたのですが,どれもあまり魅力的な説明にはなりませんでした.

私がこれまで読んできた分子の入れ替えに関する説明のなかで,もっとも分かりやすく,イメージしやすいものと考えているのは,青山学院大学の福岡伸一教授による「生物と無生物のあいだ」に出て来る以下の表現です.

ちょうど波が寄せてはかえす接線ぎりぎりの位置に、砂で作られた、緻密な構造を持つその城はある。ときに波は、深く掌を伸ばして城壁の足元に達し、石組みを模した砂粒を奪い去る。吹き付ける海風は、城の望楼の表面の乾いた砂を、薄く、しかし絶え間なく削り取って行く。ところが奇妙なことに、時間が経過しても城は姿を変えてはいない。同じ形を保ったままじっとそこにある。いや,正確にいえば、姿を変えていないように見えるだけなのだ。

砂の城がその形を保っていることには理由がある。眼には見えない小さな海の精霊たちが、たゆまずそして休むことなく、削れた壁に新しい砂を積み、聞いた穴を埋め、崩れた場所を直しているのである。それだけではない。海の精霊たちは、むしろ波や風の先回りをして、壊れそうな場所をあえて壊し、修復と補強を率先して行っている。それゆえに、数時間後、砂の城は同じ形を保ったままそこにある。おそらく何日かあとでもなお城はここに存在していることだろう。

しかし、重要なことがある。今、この城の内部には、数日前、同じ城を形作っていた砂粒はたった一つとして留まっていないという事実である。かつてそこに積まれていた砂粒はすべて波と風が奪い去って海と地にもどし、現在、この城を形作っている砂粒は新たにここに盛られたものである。つまり砂粒はすっかり入れ替わっている。そして砂粒の流れは今も動き続けている。にもかかわらず楼閣は確かに存在している。つまり、ここにあるのは実体としての城ではなく、流れが作り出した「効果」としてそこにあるように見えているだけの動的な何かなのだ。

(中略)

むろん、これは比喩である。しかし、砂粒を、自然界を大循環する水素、炭素、酸素、窒素などの主要元素と読みかえさえすれば、そして海の精霊を、生体反応をつかさどる酵素や基質に置き換えさえすれば、砂の城は生命というもののありょうを正確に記述していることになる。生命とは要素が集合してできた構成物ではなく、要素の流れがもたらすところの効果なのである。

・・・・・・「生物と無生物のあいだ」,福岡 伸一,講談社現代新書1891,p152-p154

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

後期化学講義は水溶液の化学からスタートします.ここでは溶液内の平衡論が登場します.生命科学研究では生体試料のほとんどを水溶液状態で取り扱い,しかも水溶液のpHを一定のレンジに収めておく必要があります.水溶液の平衡論を理解することによって,サンプル溶液の調製や実験条件の設定に役立つ考え方が身につくはずです.

そして,常に構成要素が入れ替わっているこの自然界のしくみが実感できるようになります.