Life + Chemistry

化学の講義録+大学を楽しく面白い学びの場に変える試みの記録 (北里大学・一般教育部・野島 高彦)

朝日中学生ウィークリー2014年4月20日号の1面に私が取材協力した記事が出たよ!

4月20日(日)発行の朝日中学生ウィークリー1面に,私が取材協力した記事が掲載されています.

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この1面では,実験科学研究において記録を取ることの大切さが紹介されています.STAP細胞事件がなければ組まれることもなかった記事ですが,内容はSTAP細胞とは独立したものになっています.

科学の世界で論文として「結果」を出すには,過程を記録することが大切だからです.研究や教育の現場での実践例を紹介します.

1面の大見出しは 『新発見は記録がカギ 科学は「結果」だけじゃない』というもので,3つの記事から構成されています.

  1. 実験ノートに研究者のセンス
  2. 事象たどる手がかり残す習慣を
  3. 「科学の甲子園ジュニア」で勝負を左右 過程重視で「正確に」追求できる

私が取材協力したのは2番目の記事『事象たどる手がかり残す習慣を』です.すでに論文になっていて学会発表も済んでいる研究内容を記録したノートの記録面ページも掲載されています.

取材依頼が来てから

取材申込みのメールが届いたのが今月4月10日(木)でした.

事の発端は理研STAP細胞ではあるものの,ソレとは切り離して,中学生向けに「実験ノートとはどういうものなのか?」を紹介する記事を書きたいとの依頼だったので引き受けることにしました.科学研究でどんなふうに記録が取られているのか,なんてことを中学生が知る機会なんて,もう無いかもしれないですからね.連絡がメールで来たし*1

取材に来ていただいたのは16日(月)です.午後に食堂で約1時間,実験ノートのコピーを何ページ分か出して説明しました: イロイロな記載事項について,なんでそんなことを書いてあるのか,とか,どんな場合に書く/省略するのか,とか,他の人々はどんな感じなのか,とか.

質疑応答の一部を紹介

私はどんなふうに実験ノートに記録を残しているのか?

私の場合には*2,5 mm方眼のA4サイズ綴じ込み式ノートを使っています.

実験開始前に日付,天候,実験テーマ名,ソレをやる理由,実験操作手順,はかりとる試薬や溶液の量を計算したときの計算式,なんかを書いておきます.

「ソレをやる理由」っていうのは,あとから「なんでそんなことやったんだっけ?」ってなっちゃうことがあるからです.「その時期にどんなところを攻めていたのか」を記録しておくと,後から役に立つのです.

実験はソコにある実験操作手順を見ながら進めて行って,待ち時間が始まるときにはその時刻を書いておいたり*3,いつもと違う何かがあった場合にはソレを記録したり,そろそろ底をつきそうな消耗品があったときには購入メモを残したり.

実験が終わったら,実験結果を記入します.いつも出ていない沈殿が出ていたら「沈殿が出た」とか書くし,容器の不具合で中身が蒸発しちゃったなんていう不幸な事態に遭えば「中身蒸発やりなおし必要」なんて書きます.

実験結果がデジタルカメラで撮影された写真*4やグラフ*5として得られる場合には,プリントアウトしてノートに貼り付けます.メーカーから届いたサンプルの小瓶に貼られているラベルも剥がしてノートに貼り付けます*6

実験が終わってからは「次に何をやるのか」を考えるわけですが,複数の候補が挙がるので,それらも記録しておきます.ようするに「やることリスト」.

「なんで今ソレをやってるのか」も時々記入しています.参考にした文献があれば書誌情報を書いておいて,ソコに参考になるグラフとか表とかが出ていれば,コピーして貼っておくこともあります.先行研究事例も要約して書誌情報といっしょに記入.「実験ノート」というより「研究ノート」になっていて,「何をやったか」と「どのようなことを考えたか」のスクラップブックができあがあります.

「そのノートをめくれば,そのときにやっていたこと,そのときに考えたことがぜんぶ(ではなくてもほとんど)わかる」を目指していて,そのために,写真もグラフもラベルも関連情報も同じノートに記入しているのです.

デジタル時代なのにデジタル記録しないのはなぜか?

紙のノートではなくて,デジタル記録しないのか? という質問が出て,コレはTV局の番組制作に協力したときにも出た質問の一つなのですが,「何を記録するのかによってデジタル記録した方が便利ならデジタル記録するし,紙のノートに手書きする方が便利なら昔からの方法を使うし,一概に何とも言えない」というのが結論です.

私が紙のノートに情報を集約しているのは,手作りの紙面を見た瞬間に,その記録を残していた頃のアレコレを感覚的に思い出すためでもあります.たとえば「天気」を記録しているのは,その日の記憶を呼び出すために役立つ場合があるからです.

その実験をやった日は雨が強かった→サンプルチューブを機械にセットしながら窓の外を見ていた→実験が終わって帰る頃には雨が止んでいた→あの日の実験では目的物がたくさん得られた→そうだ,あのときの条件を試してみるか

みたいな感じ.あの手この手で記憶の糸を引っ張って来られるような工夫です.コレを実現するためには,2014年の時点では手書きノートに一元集約するのが現実的です.もちろんスキャナーとフォトショップとアクロバットと,っていう具合にアレコレ組み合わせて電子スクラップを作ることは可能ですが,その手間ヒマ,ペイしないですよね.

「ソレって,アナログの,Evernoteですね!」というのは取材に来られた記者の方のコメント.

理系の大学では実験ノートの書き方というものをどの段階で習うのか

「実験ノートに何を記録するのか」は,実験実習科目の中で教わる場合もあれば,初年次教育プログラムの中で教わる場合もあります*7.何も教わらない場合だってあるかもしれません.大学/学部/学科/専攻/履修科目/年度によってコレはバラバラです.

統一ルールを作って入学から卒業まで同じやり方を指導すれば良さそうに思われるのですが,ソレはムリです.なんでかっていうと,実験の性質によって必要記載事項も記載方法もバラバラだからです.たとえば,ある実験科目では「左側のページに実験操作手順を,右側のページに実験結果を書きなさい」と教えるかもしれませんが,別の実験科目では「操作手順は別紙にし,ノートにはスキマ無く実験操作と実験結果の経時記録を残しなさい」と教えるかもしれません.どちらが正しい,というわけではありません.

研究の場合には研究室でルールを定める場合もあれば,何もルールを定めない場合もあります.研究室ごとに考え方が違うのです.特定のキマリが無い場合には,実験実習科目でやっていた方法を適当にアレンジして卒業研究とか大学院での研究とかでも継続する,というパターンに落ち着きます.その途上で「自分のスタイル」が確立して行きます.

ようするに理系の人々の間でもアイマイでケースバイケースで説明が難しい

こういった調子なので,実験ノートの「一般的な」書き方についての解説をオンライン公開しているページも限られて来ることになり,「実験ノート」でGoogle検索すると,私のつくった 実験ノートには何を記録するのか? が上位に出てくるわけです.

理系の人々の間でもアイマイでケースバイケースで説明が難しい「実験ノートって?」を,理系大学卒業の人々以外にわかってもらおうってのがアレですね.「3年間2冊」とか「段ボール5箱」みたいに,具体的な「量」が一人歩きしちゃうのも仕方がないと私はあきらめております.

今後も実験ノート関係の何かがあれば(もう無いと思うけど),私のつくった 実験ノートには何を記録するのか? が検索され,テレビ局とか新聞社とかが連絡してくることになるんでしょう.連絡はe-mailまたはTwitterでお願いします.

メール→ nojima[at]kitasato-u.ac.jp
Twitter→ @TakahikoNojima

私は電話がかかってくるのがキライです

【追記:2014-05-28】

実験ノートの書き方に関連して新しい仕事が発生することもないだろうと思っていたのですが,そういうわけではありませんでした.ここから新しい展開が!
詳しくは別途お知らせします.
お楽しみに☆


このブログを書いている人

www.tnojima.net

*1:電話だったら断っていたかもしれない.私は電話がキライです.

*2:「私の場合」です.もういちど言います.「私の場合」です.「世の中のみんながこうやっているし,こうやるべきだ.」とは言っていません.これくらいしつこく前置きしておかないと,わざわざ「いや,俺の場合には」とか「俺はこう教わった」とか言ってくる人がいるんでね.

*3:たとえば離れた場所に設置されてる機械でPCRをスタートさせた場合,いつごろ戻れば良いのかがわからないと不便.

*4:たとえば電気泳動のゲルを染色した後のアレ.

*5:たとえばDNA水溶液のUV吸収スペクトル.

*6:ノート貼り付け用にスペアのラベルが付いてくる場合もある.

*7:たとえば北里大学の「大学基礎演習B『大学生としての学び方』」では実験ノートの書き方について教えているコースがあります.私のコースも.